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Communication

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2006年2月

2006年2月27日 (月)

入院体験 その4

ある程度、体調の良くなったお年寄の人は、強制的に(?)退院させられているようだった。
確かに、病院に居れば保険がきくので、患者にとっては良くても、国(?)にとっては迷惑なのか…
身寄りのない人は、看護のついた老人ホームへ行くように薦められていた。

なんだかかわいそうだけど、色々なことが絡み合っていて、仕方ないのもわかる。
難しいね。

1週間しか居なかった私が、退院する時でさえ、隣のベッドのおばあちゃんは、ものすごく悲しんでいた。

せっかく、仲良くなってもお別れしないといけない。
老人ホームへ行くにしても、お年寄りの人が、また今から新しい、知り合いの居ない環境で生活を始めるのは、相当大変なはず。

本当に、今回の入院は色々と考えさせられることが多かった。

#良いこともあった。
退院した翌日、お祝いのお花が届いた。
旦那と友人から。
はじめて、旦那からお花を貰って嬉しかった\(^o^)/

2006年2月23日 (木)

入院体験 その3

病院では、どんなに嫌がられようが、煩がられようが、
「疑問に思ったことはきちんと聞くべし」

今回の入院で学んだこと。

看護師さんやお医者さんによっては、カルテを見ないでやってくる人が多いみたい。
患者は、もう既に何度か話していることで、お医者さんたちは知っていて当たり前と思っていると、痛い目にあう。
(本当はあっちゃいけないんだけどね)

たとえば…
隣のベッドのおばあちゃんは、脳梗塞で倒れた際、肩を脱臼したらしい。
でも、看護師さんは、その事実を知らないのか、寝返りできないんだから、こっち向いて、といって無理やり動かしていた。
おばあちゃんは、あまり上手く発音も出来ないので、「痛い痛い」とだけしか、言えないのに、看護師さんは「少しくらい痛いのは我慢して!」と言う。

翌日、リハビリの先生に、そのことを言ったら、「脱臼してるのに…」と怒っていた。
そりゃそうだ。

私は、まだ話せるから、疑問に思ったことは色々質問できたから良かったけど、話すことも出来ない患者さんにとっては、相当に辛いこともあるみたいで。
なんだか切なくなってしまった!

2006年2月20日 (月)

入院体験 その2

私が入った病室は6人部屋でした。
他の5人は、みんなおばあちゃん。
私は、一人がダメなので、6人部屋は嬉しかった。

いろんな病気や怪我で入院している人たちでした。
中には、もう3ヶ月以上、入院している人も。

みんな、優しくて、色々お話をしました。
特に、昔の話を聞くのが興味深かった。

地方によっていろんな「しきたり」があるらしく、遠くへお嫁に行くと相当苦労したらしい。
なかでも、洗濯の話(上たらい、下たらい、物干しに掛ける順番)は、へ〜って思った。

今は、「しきたり」なんて殆ど気にせずに、暮らせるもんね。




2006年2月19日 (日)

入院体験 その1

2/1から7日間、腸閉塞で入院しました。
4年前受けた腫瘍摘出手術のあと、腸が癒着したのが原因らしい。
また、持病が増えてしまった(T_T)

今回も、突然の入院でビックリ。
お医者さんから「入院だね」と言われた、30分後には、ピアノのレッスンの予定だったので、大慌てでレッスンお休みの連絡したり。

いつもはすぐに治まる腹痛が2日続いたので、念のため、と軽い気持ちで、(祝日にも関わらず)病院へ行ったら、入院だからね。本当にビックリ。

痛さも辛かったけど、丸2日間飲み食い禁止で点滴のみ、だったのが一番辛かった。

今回の入院は、頭はしっかりしていたので(?)色々と考えさせられることが多かったよ。

ただ今、著者校正の真っ最中で大忙しなので、小出しに日記書いていきます。

#心配してくださった皆様、本当にありがとうございました!

2006年2月16日 (木)

まずは一安心…でも?

腸閉塞で入院していた相方の退院が、金曜午後に決まった。
途中、腹部エコーでお腹に変な影?が見えるなどと言われ、ちょっとヒヤリとすることもあったけど、まずは一安心…

一安心…なんだけど、今回はこの病院大丈夫、ということも多かった。

短い期間ではあったものの、今回はいろいろな検査をやったらしい。だが、そのほとんどが「なんのための」検査なのか、説明もなかったとのこと。しかも、検査結果もほとんど知らされることはなく。

こんなことも。あまりに毎日レントゲンばかり取っているので、ある日、相方が「昨日もとりましたけど?」と聞いたところ、レントゲン技師曰く「あ、じゃあ今日はいいです」と。

え、え〜?今日は、って?そういうレベルなの?他の検査も本当に大丈夫??

そもそも担当医の顔を入院してから2回しか見ていないのというのだから、驚き。毎日、回診は来るようなのだけど、外科やら内科やらのいろんな医師がやってくるようで、話もまったく要領を得ないとか。

挙句の果てに、唯一知らされた検査結果は、担当医ではない外科医師からだったとのこと。しかも、冒頭の「腹部エコーに黒い影が〜?」という話が半分口を滑らせたように発せられたようで、その医者様は看護師から慌てて停められていたとか。それっきり何を聞いてもなにも教えてもらえず、一日近くも放置の後、ようやく担当医から説明があり。結果として問題はなかったようなのだけど、いったいどういう感覚なんだろう??

私自身は基本的に病院は嫌いで、5年に1回?くらいしか行かないので、正直、一般的な病院がどうなのかはよくわからない。分からないけど、感覚的にはどう考えてもおかしいよなぁ。いや、きっとこの病院が悪かったのだろう、うん、そう思おう。

#でも、相方が病院に行くと、9割方、この類の話を聞かされてるような…むむむ。

2006年2月11日 (土)

そう来るか!

脱稿の嵐も一区切りでちょっと落ち着いたかなと思った矢先。
相方が突如入院決定 f(--;
さっき病院に放り込んできた。

昨日からお腹が痛いと言っていたけど、昔の手術の名残かなとあまり気にはしていなかった。ところが、今日になっても同じところが痛いというので、病院に行ってみたところ、なんと腸閉塞とのこと。

比較的発見が早かったので、手術は(たぶん)必要ないとのことだけど、1週間くらいは入院が必要だそうで。まあ、本人は比較的元気なのに、入院ということで(ついでに入院中は飲食は一切禁止ということで)ちょっと不満そう。まあ、この機会にゆっくり休んで、ついでにダイエットもということで(?)

…それにしても、たまに1人になってみると、なかなか大変だなぁ。
校正しながら、慣れないご飯の支度をしてたら、いつのまにかご飯がおかゆになってしまった(どうしたらこうなるのか) 。。。むむ、実はやばいのは相方よりも自分かも f(--;

来週は書籍の著者校正が3本あるし、監修原稿もいくつ出てくるんだろう?
だれか著者校正のバイトやりません?(結構本気)

2006年2月 9日 (木)

久々のレンタルCD

朝からTSUTAYAへ行ってきた。
CDを2枚借りてきた。
中島美嘉のBESTとコブクロのNAMELESS WORLD。

最近は、ずっとUSENばかり聴いていたんだけど、なかなか好きな曲が流れないんだよね。
でも、リクエストしようとは思わない。面倒くさいし…。
色々な曲が聴けるのはいいんだけど。

自分の好きなアーティストを登録しておいたら、ランダムに流してくれるようなチャンネルがあると嬉しいのにな〜。

2006年2月 4日 (土)

初体験

人生初のパネルディスカッション、無事終了。
http://www.jagat.or.jp/page/2006/conf/c.htm#c4

パネルディスカッション、というと、なに?という方もいるかもしれないので補足しておくと、要は公開口頭試問?のようなもので。その場で話をふられて、それに答えられないと、聴衆の前で恥をかくという非常に恐ろしい代物(ちょっと、いやかなり違うか…)です。打ち合わせ不足で不安の残る中、ご一緒させていただいたあおさん、ハナオさんも、お疲れ様でした。

まあ、前半はハナオさん、あおさんによるデモ&講演だったので、山田は横でぼ〜っと聴講してただけ。お2人とも30分という限られた時間の中で、きちんとまとめてくださり(いつも講演といえば10分オーバが当たり前の山田としてはちょっと赤面)、内容、聴講者の反応ともに素晴らしい講演でした。

#もっとも山田としては、目の前で半目になってたまさきちさんに、より目を奪われていたのですが(^^)

そして、最後の30分が司会者Oさん、山田を加えたパネルディスカッション。初体験にも拘らず、図々しくも出たとこ勝負で臨んだパネルだったけど(言い訳だけど、前日まで書籍の締切だったので…)、度胸だけはついてきたようで、幸い恙無くクリア。

まあ、マイクを持ったら話が止まらない、一人で持ち時間を消費してしまった——のはほんのご愛嬌ということで。つたないWINGSメンバ3人の話をうまく取りまとめてくださったベテランOさんには大感謝です。

次は、4月20日?に日○BP主催の「次世代開発フォーラム」講演も決まったので、引き続きがんばらねば。

2006年2月 1日 (水)

仕事をしていて思うこと

すごい平凡な日記タイトルだけど、実際、近頃は仕事を進める上で悩むことが多い。

昨日の日記にも書いたように、近頃は執筆集団「WINGSプロジェクト(http://www.wings.msn.to/index.php/-/B-02/)」のとりまとめ役として大小の記事を監修する機会も多くなった(数えてみたら1月の監修は、書籍が3本、雑誌が3本、サイト記事が4本、その他が2本だった)。

しかし、さまざまなメンバと仕事をしていれば、当然、仕事のやり方も人それぞれ。人それぞれなのはかまわないのだが、これは常識的な仕事のやり方として違うだろう、と感じる機会も次第と増えてきているのが事実。

たとえば、以下のような例がある。

記事テイストについて、数日間にわたって熱く議論を交わしてきた。とりあえず締切は迫っているが、著者/監修の意見は平行線のままでなかなか煮詰まらない。とそんなとき、著者からのメールが途絶える。メール、電話等で連絡を試みるが、つながらない。そして、1日半の空白の後、最終脱稿が出てきた。とりあえず監修側の意見に沿って執筆いただいているようで、まずは安堵。

しかし、連絡のメールには「(監修の主張の意味が)自分には全く見えません…」と。がっくり。著者からのメールの行間を要約すると、おそらくは「記事テイストは理解(納得)していないが、締切が迫っていたのでとりあえず作業を先行した」ということらしい。

なるほど、締切を遵守するというのは基本姿勢として正しい。しかし、記事テイストを納得していない著者が作業を先行するというのは、今回は結果としてうまくいっても、今後は大きなトラブルの元ともなりうる。まったく違う観点で、言語道断であろう。

また、このような例もあった。

急ぎの仕事で、ほとんど時間単位で仮脱稿とフィードバックを繰り返していた原稿。最後の本脱稿も遅れはしたものの、なんとか到着。終わったかな〜と思って最終確認に入ったところ、監修コメントの対応がほとんどされていない。慌てて著者に確認を取るが、連絡は付かず。後日、確認したところ、「時間がなかったので、とりあえず体裁のみ整えて提出」したとのこと。

なんたること。

体裁のみ整えられた原稿は見る人間が見れば分かる。しかも、時間単位で奔走し、こちらのスケジュールを移動させながら行ったコメントが、その程度に流されてしまうというのは監修としてはやるせない気持ちだった。いったい、奔走した数日間はなんだったのだろう。

おそらくこの例も、まずは締切までに成果物を挙げることを優先した結果であるのだろう。その一事は正しいのだが、しかし、本来の成果物の品質に対する著者責任がどこかへ置き忘れられてしまっている。

これはあくまで一例だ。

おそらく、執筆者にも私とは違う言い分があるはずだし、とりまとめ役としては、そうした考えの違いを(おそらくそれは世代的な思考のギャップも含めて)うまく受け入れて、進行していく必要があるのだと思う。また、過程はどうあれ、前の例などでは完成物はでてきているわけなので、仕事の過程にまでふみこむこと自体、一部の方には受け入れがたいのかもしれない。それだけに、単に著者に仕事のやり方が悪い、と責めるだけでは意味がないはずだ。

しかし、その一方で、考えの違い——とは本質的に異なるものがあるのではないかという思いもあり、もやもやしているのが現状。熟考するのは、自分らしからぬと(本人は)思っているのだが、暫し熟考してみたい。

(追記)

なお、誤解がないように補足であるが、その一方で、自分でスケジューリングから問題管理、積極的な逆提案などを含め、きちんと自己管理していただき、高い品質の原稿を作成してくださる、非常に信頼度の高いWINGSメンバが増えてきているのも事実。この場を借りて、改めてこれら諸氏に感謝したい。

そして、今は(不幸にして)なかなか仕事の息が合わないという諸氏とも、本日記が(単なる批判文ではなく)なにかしら今後の仕事の進め方を考える上での、前向きな叩き台?になることを祈りたい。

#なんか、自分で読み直しても、妙に重苦しく教条的な文になってしまったけど、今日はちょっと(かなり?)落ち込み気味なので、たまに…ということで許してください。次は、気を取り直して明るく?行きます!(^^)
#仕事日記になりつつあるので、たまにはプライベートも書かないとね。

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